忘却回避録

過去を引きずる人の為の忘却回避録。そんなわけで。
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断捨離

きっかけは


片付けを始めると、ついいらんものを発見してしまい、それに夢中になってしまってうんぬんかんぬん。
というのがお決まりなわけだが、やっぱりやってしまった。

別にずっと存在を忘れてたものを発見したというわけではない。

発見したものというのは、現役を引退したガラケー達。
今の仕事を始めてから5年になるが、その間ですら3回も引越ししているもんだから
その都度存在を確認している。

が、電源を入れてみようと思ったのは今回が初めてのような気がする。


まぁ当然といえば当然のことなのだけど、残っていたデータは確かに自分が使っていた証で。
全部消去されている端末もあったし、画像や音楽などのデータについても数は少ないし
FOMAカードがないので見れなかったり聞けなかったり。


パンドラの箱


その中で、一番見てはならないメールBOXが割と残っていて、つい一通り見てしまった。
とても貴重だと思う。
自分が打った言葉が残されているし、自分がもらった言葉が残されている。
こればかりは記憶で辿ることは困難に等しい。

しかし、全くもって今の自分からは想像しがたい言葉の羅列が多くて
本当に自分の携帯なのかと疑いたくもなった。
が、自分以外の誰でもないのが事実で、
まぁ確かにあの頃はこんなこと言ってたなとか、こんな考えしてたなとか、こんな行動してたなとか。
思い出すのが嫌なだけで、記憶の中の自分というカテゴリの奥底に、確かに残っているのも間違いない。

そう

嫌だと思った。
どうにかしてなくせないもんかと思った。
自分の過去は誇れるものじゃないと知っていて、あまつさえ消せるものなら消したいと思っているのに
なのに自分はこんなブログを作って、こんな記事を書いているのだ。


矛盾


何故か。
勿論、単なる懐古もあるだろう。
過去の記憶は良いように美化され、もしくは元々良かったことだけ、
戻りたいだのあの頃は良かっただの。

そしてそれとは別の意味。
それは過去記事に既に書いていた。


個人的な揺るがぬ考えとして
やはり過去は忘れ"られない"
これは完全消去が出来ないという意味と同等だ。

そして忘れ"てはならない"
過去記事にもある懺悔のような意味。戒め。


過去を目の当たりにして


過去は記憶そのものであり、人の心・頭に存在するもの。
例え画像や音楽・モノで残っていても、
それそのものを他人が見たところで、昔のものだとまではわかるが
それ以上の過去の記憶へは辿れない。
当事者のみが、記憶を呼び起こすことが出来る。

メールを読むと、過去がありありと描かれていた。
携帯はタイムマシンと化したのだ。

そして、言い知れぬ恥ずかしさを覚えた。
こんなにも自分は稚拙だったのか、こんなにも駄目な人間だったのかと。
そんなこと痛いほどわかってはいたが、
だけど、自分の中だけで思い返すのと、記憶を呼び起こす媒体を介してとはその比ではなかった。

恥ずかしさを覚えたと同時に悲しくなった。
何故、その当時にこの気持ちを抱けなかったのかと。気付けなかったのかと。
後悔。後悔。後悔。後悔。
まぁでも、考えてみても、別に今だって後悔しないような生き方が出来ているのかといわれればNOなのだから
気付けるわけもないよなとも思う。

だからこそ、自分の行動や言動には、責任を持たなくてはいけないわけだ。


それは前進か、逃避か


結論として、タイムマシンは廃棄することに決めた。
どうしても残しておきたい理由があって、全てとまではいかないが、それ以外は捨てる。

モノを捨てるっていうのは、人によっちゃあ結構勇気がいるもんだ。
モノにはそれぞれ思い出が詰まっていて、先述のように記憶を呼び起こす架け橋となってくれる。

自分の場合も例外ではなく、そういった理由で捨てられないモノが多い。
だが、捨てられる限り、捨てていこうと思う。

この決心に至るまで何年かかったかわからない。
実際まだ着手できていないから、達成できるか不安でもある。

今回みたく、モノを媒介して記憶を呼び起こすことに、心が耐えられないという気持ちが強い。
モノがなくても、過去は心の中に常にあるものだから、忘れることはない。
だからもう捨ててもいいのではないかと。
でもそれは逃避なのかもしれない。

と同時に、
過去を悔やむのなら、今をしっかり見て、同じ過ちを犯さないほうがいい。
そのほうがいいんじゃないか。
これは前進なのだと思う自分もいる。



まぁそんなわけで。
うん。

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